ハイスクールマンザイに出場を考えている高校生必読!
M-1グランプリ2024準優勝のバッテリィズに、高校時代のお話や若手の頃の練習法、相方の見つけ方などを伺いました。バッテリィズの魅力はなんと言ってもエースさんの“アホキャラ”を寺家さんが次々と活かしていくネタ。キャラクターや強みの見つけ方のアドバイスも必読です!
まずはハイスクールマンザイに出場する高校生をどう思われますか?
寺家 僕は23歳からのスタートだったんで、早めにスタートできて羨ましいなと思いますね。
エース すごいですよね。僕も高校生の時出ようとしていたんです。その後一緒にNSCに入った同級生に誘われたんですけど、ハイスクールマンザイの1回戦と高校最後の野球の夏の大会の1回戦がかぶって。僕は芸人になるって決めていたから、「野球の試合は負けてすぐそっちに行くわ」と言っていたんやけど、僕がピッチャーで、ほぼノーヒットノーランで勝ってしまって、話が違うやろってなって(笑)。出たいという気持ちはあったんですけど、やっぱり野球で負けたくないという気持ちもあったから。その後、NSCで同期になった真輝志がハイスクールマンザイで優勝、カンフーカンフーのチェンがその代の2位を取っていたと聞いて、余計に自分も出たかったなと思いましたね。
寺家 NSCに入った時に、真輝志やチェンが「ハイマン優勝」とか「準優勝」というのを聞いて、そんな実績があんねや、スタート一緒ちゃうやん、みたいな感じはありました。しかも今はあの頃よりさらに大きい存在になっていると思います。
初めて舞台に立った時は緊張しましたか?
エース 緊張しました! 僕は高校2年の修学旅行の時、漫才したのが初めてだったんです。人前でギャグとかするのはずっとやっていたんですけど。それまで漫才というのはあまり見たことがなくて何をしたらいいかもわかってないから台本を飛ばしたら相方に迷惑をかけると思って緊張していたのを今でもすごく覚えています。
寺家 僕は5upよしもとの煌〜kirameki〜オーディションが初めての舞台やったと思うんですが、前の晩は一睡もできなくて、出番の直前まで相方に背中をさすってもらっていました。ほんまに死んでしまうかと思うくらい緊張しました。帰りたかったです。でも一本目なんて、たぶんみんなそんなもんだと思います。ここ10年では、去年のM-1の笑神籤(えみくじ)の時がピークでしたね。なんとか気を散らしてましたけど、あれはやばかったです。
家でひとりで練習していた
若手の頃、漫才の練習はどんな風にしていましたか?
エース あまり変わっていないかもしれないですね。台本を読みながらネタ合わせをして。今はないですけど、昔は文字に起こして台本を作っていました。
寺家 僕は相方がおらん時とか1年目の時は、いろんな人の漫才を全部書き起こして、タイムを測ったりしながら、家でひとりでずっとやっていました。当時、「努力の方法を考えるのが上手いやつが売れる」みたいに聞いていたので、努力のパターンをめっちゃいろいろ考えて、手当たり次第やっていましたね。
若手の頃にぶつかった壁はありましたか?
エース 僕はNSCに入ったことが結構壁でした。アホみたいなオモロいやつがいっぱいおると思ってたら、賢くてオモロいやつがいっぱいおって。僕は学校で面白いことをやっていただけやったのにみんなしっかりと漫才をしていて、“なんやこいつら、すごいな”と思いました。
そこで心が折れずにお笑いを続けられたのはなぜですか?
エース お客さんが笑ってくれるからですね。やっぱり笑かしたい。その笑顔が見れるから続けるんでしょうね。
寺家 僕は劇場に入って5年目くらいが一番落ちたかな。もっと前で言うと、相方もいなくてもうほんま何してええかわからんけど、とりあえず手当たり次第何か努力はしとるみたいな、さっきの書き起こしをやっている時もしんどかったですね。
ハイスクールマンザイに出たいけど相方が見つからないという高校生に相方探しのアドバイスをいただきたいです。
寺家 僕は自分と真逆の人間を探しました。最初の相方もアホで明るい感じのやつでした。
エース もう、誰でもいいと思います。自分がやりたかったら、あんまり考える必要はないという感じです。
今の相方さんに、“これはありがたい”と思っている部分を聞かせていただけますか。
エース 僕は何も考えないので、その分考えてくれるのはありがたいです。
寺家 僕も同じです。考えずに生きてくれていることです。やればやるほど考えすぎていくので、「考えてない」という人がシンプルに物を見れるのというのが、結構貴重やったりするんです。
盛ることでキャラクターは生まれる
おふたりは高校時代、どんな学生でしたか?
寺家 野球一色でした。私立校やったんで、朝練もあるし夜も終電まで練習して。練習が長すぎたので、どうやって生き抜くかみたいな感じで、みんなでアホなことをしていたことが楽しかった記憶として残っています。
エース 僕は今と何も変わってないです。ずっと落ち着きがない(笑)。話も聞かへんし、先生からしたらめっちゃ迷惑やったと思います。僕が芸人になろうと決めたのは、人を笑かすのが好きやったから。小1くらいの頃からずっと誰かの前に出て笑かすみたいなことが好きでした。野球もずっとやっていたんですが、野球はすぐに諦めて小4ぐらいからは芸人になろうと思って。野球は好きやったんで、遊びでやっていました。
寺家さんがNSCに入ろうと思われたのはどうしてですか?
寺家 僕は19歳の時に高校の野球部の友だちから「一緒に漫才やらんか」と誘われて。それまでもお笑いが好きでM-1のDVDとか何回も観てたけど、その時に初めて“やるっていう選択肢があんの!? やるって何なん!?”みたいな。そいつは僕が勧めてお笑いを好きになったやつやったから、こいつが売れたら嫌やなと思って、一緒にNSCに入ることにしました。結局友だちは「やっぱやめとくわ」となって、僕がひとりで入ったんですけど。
そうだったんですね。バッテリィズさんのネタって、エースさんのキャラが際立っていますが、キャラクターや強みはどうやって見つけたらいいですか?
エース キャラクターは自分が一番わかっているはずやから、「俺はこれが得意」って自信を持って、恥ずかしがらずに相方に伝えるなり、自分で書くなりしたらいいと思います。大事なのは自信だと思います。
エースさんは最初から自信はありましたか?
エース そうですね。自信しかないっていう感じですね。それ以外が何もないというか。根拠のない自信ですけど。
寺家 僕は真逆で、自信だけがずっとなかったんです。最初の3年目までとかは、ネタもめっちゃ考えていたけど、自信だけがなくて、不安でした。でもキャラクターって、人によるでしょうけど、作りにいくというよりは素の自分の中でオモロいとこを探して、それをどう盛るかみたいな感じかなと僕は思っています。
おふたりが、“一番輝いている”と思う瞬間を聞かせてください。
エース 僕は常に輝いています! 24時間、寝てる時以外!
寺家 僕は野球…ですね。バンバン止めている時。あと組んだ打順がうまく行った時が一番嬉しいです。自分以外の人の能力を使って、自分のやりたいことができた時は嬉しいですね。
それってエースさんのキャラクターをどう活かそうかと考えてウケたら嬉しいってことですよね。
寺家 たしかにそうですね。自分がウケた時より、自分が考えてエースとか他人がウケた時の方が嬉しいことが多いです。そこは僕がちょっと人と違うところかもしれないです。
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