映画『四月になれば彼女は』|川村元気 「痛かったりツラかったりする感情が何かを表現する時に材料になる」

映画や小説など、さまざまな分野でその才能を発揮している作家・川村元気のベストセラー恋愛小説「四月になれば彼女は」が映画化され現在公開中。恋愛に少し臆病になっている高校生スタッフが川村さんに「恋愛」についてじっくりお聞きしました!

STORY
四月。精神科医の藤代俊(佐藤健)のもとに、かつての恋人・伊予田春(森七菜)から手紙が届く。
“天空の鏡”と呼ばれるウユニ塩湖からの手紙には、十年前の初恋の記憶が書かれていた。
ウユニ、プラハ、アイスランド。その後も世界各地から届く、春の手紙。
時を同じくして藤代は、婚約者の坂本弥生(長澤まさみ)と結婚の準備を進めていた。
けれども弥生は突然、姿を消した。
「愛を終わらせない方法、それは何でしょう」
その謎掛けだけを残して――

「あれほど永遠だと思っていた愛や恋も、なぜ、やがては消えていってしまうのだろう」
現在と過去、日本と海外が交錯しながら、
愛する人の真実の姿をさがし求める“四月”が始まる

人間がどんなに賢くなっても
恋愛感情はコントロールできない

「四月になれば彼女は」に込めた川村さんの想いをお聞かせください。

川村 「世界から猫が消えたなら」という小説を書いた時に、“自分が死んだらこの世界はどうなるんだろう?”と考えました。2作目の「億男」では“どのくらいのお金があったら幸せになれるのだろう”という疑問を知る術として物語にしました。そして、3作目の本作では、「死」や「お金」と同じように人間がどんなに賢くなってもコントロールできない「恋愛」をテーマとして選びました。でも、最近はラノベ以外の恋愛小説があまり売れていないという話を聞いて、なんで恋愛小説が売れなくなったんだろう? と疑問に思って、周りの人に恋愛について聞いてまわったんです。そうしたら多くの人が恋愛してなかったんです。結婚してる人に、今も夫や妻に恋愛感情があるかと質問すると、「ある」と答える人はほとんどいなくて。あとは高校生や大学生にも聞いたんですけど、データでも出ていますが半分以上の人が付き合ったことがなくて、恋愛はめんどくさいなんてことまで言う人が結構多くて。恋愛感情は一体どこに消えてってしまったんだろう? と途方に暮れていたんです。けれどある日、恋愛できなくなった人たち、恋愛感情がない人たちをそのまま物語にすればいいんじゃないかなと思いついたんです。昔は恋愛していた人が、今は恋愛できなくなってしまっている。(佐藤健さん演じる)藤代の9年前と今を交互に書くことで、その間で失われてしまったものが「恋愛」として浮かび上がってくるのではないかと思って。

恋愛経験が乏しかったり、そもそも恋愛経験がなかったりする私たち高校生にとっては少し大人な作品に感じました。

川村 中高生に原作小説を読んでもらいたいと、僕は思います。僕が高校生の時は、知らない世界を垣間みたり、自分の未来を想像するために、小説をよく読んでいました。「四月になれば彼女は」の小説では、さまざまな恋愛スタイルを書いているんですが、5年後に読み返したら今とは全然違う登場人物に共感するのがこの物語の面白さだと思います。共感するキャラクターもいれば、なんだコイツ! って思う人物もいて、自分とちょっと違う世界に触れることで、自分自身の感情に気付くことを体験してもらえたら嬉しいです。

周りの友だちに付き合っている子が多いんですが、ズルズルと付き合っていて恋愛ってなんなのかな? と思うことがあります。

川村 うん、そうですよね。映画を観てもらったらわかると思うんだけど、SNSによって生きていく上でのストレスが相当増えています。人の自慢も鬱な投稿もしんどい。昔よりも嫌な情報に触れて、ストレスを受ける場所が増えてしまって、恋愛でさらに気持ちを振り回されたくないのはわかります。

劇中では手紙のシーンがたくさん出てきて、手紙の言葉はとても新鮮でより心に刺さりました。川村さんが今手紙を書くなら、どなたに何を伝えたいですか?

川村 うわっ、難しい質問だなぁ。でも僕にとって「小説を書く」行為は、自分に手紙を書いている感じなんです。先ほども話したように、僕は自分が解決できないと思うことや疑問に感じたことを取材して、小説にするという行為によって、自分の不安を解消してるんです。この小説を書いた頃の僕は周りの人が誰も好きに思えなくて、どうしてそういう気持ちになってしまったんだろうと思いながら書いていたんでしょうね。そんな自分に対しての手紙というか。『百花」という小説では、僕のおばあちゃんが認知症になって僕のことを忘れてしまった時に、“おばあちゃんの頭の中では何が起きてるんだろう?”ということが知りたかったんです。だから、僕の中では手紙って実は誰かに向けて書いているようで、自分の気持ちを確認する行為なのかなと思っています。

とすると、一冊書き終える時には、川村さんの中ではその答えが見つかったっていうことですか?

川村 そうなんです。一作書くごとに、悩みが解消してかなりレベルアップした感じはします。ただ、恋愛が一番難易度高いですよね。人に対してのアドバイスは適切にできるようになって占い師みたいになりましたが(笑)、自分の問題はどうにもならない。それがまた面白いし、だからそうやって毎回、自分のわからないことを、小説を書きながら解決していきます。

コスパやタイパが悪い方に
正解がある

川村さんはどんな高校生活を送っていましたか?

川村 友だちが少なくて、勉強が嫌いで、さりとて運動も好きじゃなく、ネガティブな人間でした(笑)。いまだにそうだよなぁ。でも、みんなが見逃しているようなことによく「気が付く」人間だった気がします。

学生時代に思ったことを書き留めたり、創作に充てたりすることはありましたか?

川村 メモを取らなくても忘れられないことってあるじゃないですか? 悔しかったこととか、あれは何だったんだ? みたいな不思議なこととかを自分の「違和感ポケット」にいっぱい溜めておいて、そのいくつかがくっついて物語化する瞬間があるんです。そういう瞬間を待っている。

学生時代に本や映画以外にハマっていたことはありますか?

川村 海外旅行によく行っていました。『四月になれば彼女は』で、(森七菜さんが演じる)春がウユニ、プラハ、アイスランドに行っていますが、それは全部僕が旅した場所です。学生時代からリュックを背負ってひとりでインドに行ったりしていました。「地球の歩き方」を買って、沢木耕太郎さんの「深夜特急」を読んで、みたいな。今の高校生は海外のひとり旅ってあんまり行かないでしょ?

行きたいと思うんですが、実際に行くまでに踏み込めないでいます。

川村 バックパッカーが絶滅状態だと聞きました。

ひとりで海外に行く勇気があまり出ないです。

川村 そうですよね。自分にとって居心地のいい場所や友だちってすごく大事だと思うんですけど、僕は学生時代にぼっちだったんで、自分の力でコントロールできない場所になるべく行くようにしていました。自分のわかってることって飽きてしまうし、感覚的にそこでしか自分が作り手として面白くなれないって思ってたんでしょうね。

劇中で春と藤代が写真を撮るシーンがありますが、川村さんは海外旅行にカメラを持って行かれてましたか?

川村 藤代が劇中で持っていたカメラは、僕が学生時代にずっと使っていたNikon FM2というフィルムカメラです。映画を観て学生時代の記憶がすごく蘇りました。フィルムカメラのいいところは撮った瞬間に何が写っているのかがわからないところで、時間が経って現像されたのを見て、「半目じゃん」とか「(ピントが)ボケてんじゃん」とか、その時の気持ちやリアルな状況がわかってくるというか。それって恋愛感情に近いなと思うんです。恋愛感情ってその瞬間は無我夢中だから何が何だかよくわからないけれど、「あいつホント最低だったな」とか「だけど楽しかったな」とか、時間差でそのときの自分の気持ちがはっきり浮かび上がってくるのがフィルムカメラと似てると思います。

ちなみに学生時代の恋愛はいかがでしたか?

川村 嫌な思い出しかない(笑)。高校生の時に年上の彼女がいて二股されてたんです。それを知った時の衝撃はすごかったです。恋愛って相手のことを信じて命懸けじゃないですか。こんなに信じてたものがこんなにあっさり裏切られるんだという体験は、その時の衝撃を含めて忘れられないです。二股されている男同士の会話で「あれ? 俺ら同じ彼女じゃない?」みたいな感じで発覚したんですが、今もその話をした定食屋の座布団の色まで覚えています。

最後に恋愛に関心がなかったり、臆病になっていたりする高校生にメッセージをお願いします。

川村 恋愛って自分以外にお金を使わなきゃいけないし、時間も取られるし、いらない嫉妬心が生まれるし、失恋すると悲しい感情にもなるし、コスパもタイパも悪い。でも、その痛かったりツラかったりする感情が何かを表現する時に材料になる。だから、何かを作ってみたい、表現してみたいと思うなら、コスパやタイパが悪い方に正解があるんだと思います。なので、ぜひ痛かったり、ツラかったりすることを経験したり、全然知らない人に会ってみたり、行ったことのない場所に行ってみて欲しいと思います。

『四月になれば彼女は』
  • 原作:川村元気「四月なれば彼女は」(文春文庫)
  • 監督:山田智和
  • 脚本:木戸雄一郎 山田智和 川村元気
  • 音楽:小林武史
  • 出演:佐藤健 長澤まさみ 森七菜
    仲野太賀 中島歩 河合優実 ともさかりえ
    竹野内豊
  • 主題歌:藤井 風『満ちてゆく』(HEHN RECORDS/UNIVERSAL SIGMA)
  • 配給 :東宝

©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

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