“暗黒時代”から脱却し、ミルクボーイが手にした「M-1」王者の称号

今回は、過去最高の5,040組がエントリーした「M-1グランプリ2019(以下、M-1) 」で見事優勝を果たしたミルクボーイさんが登場!
激戦を勝ち抜き、決勝戦では審査委員をうならせ過去最高得点を叩き出したミルクボーイさんに、高校時代からコンビ結成、 “暗黒時代” を経て、決勝戦までの道のりをchスタッフがインタビュー!

新喜劇とおばあちゃんが
お笑いの起点に

おふたりはどんな高校生でしたか?

内海 高3の時にちょうど「M-1甲子園」がスタートしたので、中学校の同級生を誘って受けたんです。僕らよりまだまだおもしろい人たちがいてダメだったんですけど、それが悔しくて。でも、けっこう青春でした。

クラスで人気者だったのでは?

内海 クラスのポジショニングはあんまり良くなかったなぁ。

駒場 なんやねん (笑) 。ポジショニングに良い悪いってあるんか。

内海 女子と喋るのも緊張しましたしね。「おはよう」って言ってもらうだけでうれしくて、すぐ好きになってました。

駒場 僕はクラスでメインな存在ではなかったですけど、高3の最後の文化祭で漫才したらけっこうウケたんですよ。そら、自分ではクラスの中心にいるようなヤツらより、僕の方がおもろいとは思ってましたけど (笑)

内海 お前、スキンヘッドやったんやろ?

駒場 そうそう。中学から大学の1回生まで剣道部でスキンヘッドやった! バリカンじゃなくT字のカミソリで剃ってたからツルツル。それがクラスで流行って (笑) 。僕がめっちゃ仲良かった人が車椅子やったんですけど、そいつもスキンヘッドするわ言うて。スキンヘッドの僕がスキンヘッドの子の車椅子を押してたのでコワいでしょ。周りから僕たちが一番恐れられてました (笑)

駒場さんは高校生の頃からトレーニングをされてたのですか?

駒場 父親がトレーニング好きでバーベルとかダンベルが家に置いてあったんです。生活の中に運動器具やマシーンがある環境で過ごしてきたので、死ぬまでトレーニングはやります!

本格的にジムに通われたのはいつからですか?

駒場 中学の時から地域の体育館の隅っこのジムで鍛えてました。

ちなみに一番好きな筋肉の部位はどこですか?

駒場 うわっ! 攻めるね~ (笑) 。胸の筋肉です。自慢じゃないですけど、デカいぞっ! (笑)

高校生でも鍛えられる筋肉の部位はありますか?

駒場 女子はスクワットとか下半身のトレーニングが流行ってますよね。 男子は肩のデカい人が流行ってるので、筋トレを頑張ったら逆三角形になってTシャツもカッコ良く着れると思いますよ。

ところでおふたりは子どもの頃からお笑いが好きだったのですか?

駒場 小学生の頃は沖縄に住んでたんですけど、大阪の親戚に新喜劇のビデオを送ってもらって見てたくらいお笑いが好きで。卒業文集で「将来は芸人になりたい」と書いたり、卒業式の舞台でもそう言ったりしてましたね。 芸人以外のことをやりたいと思ったことは一度もなくて、大学の時は就活もしなかったです。吉本のオーディションを受けるのが就活みたいな感じで。

内海 子どもの頃、僕の家の前におばあちゃんが住んでて、塾から帰る僕を家の外で待っていてくれたんです。おばあちゃんを笑わしたくて、おばあちゃんを無視して通り過ぎてみたり、ぶつかってみたり。おばあちゃんが毎回笑ってくれるのがうれしかったです。

小学生の頃から人を笑わせるのが好きだったんですね。

内海 でも、小学4年までは恥ずかしくて、授業中1回も手を挙げたことがないくらい。それが、小5の時の先生が明るい人で「チャレンジ! チャレンジ!」と背中を押してくれたので、そこから急に性格が明るくなった気がします。

おふたりの出会いは、大学の「お笑い研究寄席の会」だったそうですね。

内海 はい。落語研究会なんですけど、お笑いサークルみたいな感じでしたね。

駒場 お笑い好きな人が集まっていました。そこの同期です。

なぜおふたりでコンビを結成されたのですか?

内海 そうですね。まぁ、同期が4人しかおらんかったからね。

駒場 最後まで残ったのが僕たちふたりでした (笑)

ちなみにコンビ名の由来は?

内海 ミルクボーイは、僕が「M-1甲子園」で付けようとしてたコンビ名の候補のひとつです。大学の先輩から「教室借りて漫才するけど1年生出ない?」って突然言われて、時間もなかったので、語呂も良いし可愛らしいし、特にこだわりもなく決めました。全然見た目と違うけどね (笑)

クラスのポジショニングはあんまり良くなかったなぁ

内海さん

駒場さん

ポジショニングに良い悪いってあるんか
目標を見失った5年間
「昔はおもしろかった」からの脱却

ところで、結成から12年の道のりを振り返られて、これがあったから今があると思われる出来事はありますか?

駒場 結成から2010年くらいまでは、「M-1」も敗者復活戦まで残ったりと若手としては調子が良かったんです。でも、2011年くらいから歯車が狂い出したというか、お互い漫才以外にも楽しいことができてギクシャクし始めて。すれ違っていたのに話し合いもせず、いただく仕事だけをこなすという状態の時期があったんです。

内海さんのホームページで「暗黒時代」とあった5年間のことですね。その頃、おふたりは仲が悪かったのですか?

内海 いや、別に喧嘩をしたわけでもなく。ネタも作らずにいるから、「おもしろい」と言ってくれてた先輩もライブに来てくれなくなったり、仲良かった後輩とも疎遠になったり。

駒場 やることやってないから、合わす顔もないしね。

内海 本当にこのまま終わってしまうのかなって。今思えば、2010年に「M-1」がなくなって、目標を見失っていたのかなと思います。

駒場 お仕事で毎週、海原やすよ ともこさんにお会いしてたんですが、「後輩からミルクボーイって昔はおもしろかったって聞くよ」って言ってくれはったんです。当時「昔はおもしろかった」って言われることが一番イヤやって。やすともさんにも言われたことはけっこう大きくて、これはアカンなと思いました。

内海 5年もサボってたら、サボるのに飽きるというか。もう遅いんですけどね。そこで話し合いました。

いつ頃、どちらから声をかけられたんですか?

内海 2016年の1月にふたり同時のタイミングでしたね。ちょうどその時期から自分たちがおもしろいと思う後輩の金属バットとツートライブとデルマパンゲを誘って50人くらいの劇場で「漫才ブーム」という漫才のみのイベントを始めたんです。後輩を誘って責任を持つことで、もう逃げられなくなりました。

12月にNGK (なんばグランド花月) で行われた「漫才ブーム」はチケットが完売だったそうですね。

内海 はい、おかげさまで満席でやらしてもらって。サボれない状況を3年間続けたことは大きかったですね。

M-1ドリームを手にした今
夢は日本一の漫才師!

ところで、ネタはおふたりで作られているのですか?

内海 はい。2019年は特に頑張りました。

ネタのこだわりがあれば教えてください。

駒場 まだ使われていない言葉やセリフを使おうと心がけています。 他の芸人が言ってそうな言葉は省くので、オリジナリティのある漫才になってると思います。

内海 ついこの前まで朝から夕方までバイトしてたんで、夕方から夜までネタ合わせって感じで、ほとんど毎日集まってました。会えない時はネタをLINEして。

駒場 常にアクションを起こしていましたね。話し合うって大事やなと改めて思いました。

内海 結局サボった時期も、お互いお笑いをやりたかったんですよね。それなのに言い出すのに5年もかかってしまった。

駒場 勉強にはなりましたけど、なければない方がよかった5年間でした (笑)

ちなみにおふたりはどんなバイトをされていたのですか?

内海 なんばのお弁当屋さんで出前のアルバイトをしてました。昔は芸人の後輩と会うのが嫌で隠れながら配達してたんですが、今は恥を捨てまして、NGK (なんばグランド花月) の前とかでも配達してました。そうするとファンの人に会うんですよね。芸人ってそういうのけっこう嫌がるんですよ。でも、自分が売れてないからバイトしているわけじゃないですか。僕はありのままを見せていこうと、2019年はそういう覚悟もありました。

内海さんのブログのスケジュールを拝見すると、バイトが1日も入っていなくて。

内海 そ、そ、そう! 昔から見てる人は僕のバイトが減っているので、うれしいと思ってくれているかもしれないですね。

駒場 僕はスポーツジムのバイトです。そこでトレーニングして、昼からバイト。 僕の場合はジムもなんばからは遠いところにあるので知り合いに会うこともないし、ジムに来るお客さんからは芸人としても見られていないので気楽でした。

内海 おせちの工場で同じバイトをしてたこともありました。同じバイト先だとネタ合わせをしながらバイトができると思って同じところでバイトしてたこともあるんですが、めちゃくちゃ厳しくて私語厳禁で結局ネタ合わせできず(笑)

「M-1」決勝戦進出が決まった時の心境はいかがでしたか?

内海 決勝が決まってから「M-1」当日まで2週間あったんですけど、最初の1週間は周りの皆さんに「おめでとう!」と言っていただけてうれしくて。そこからだんだん緊張し出して、どうなるんだろうと不安がありました。

駒場 決勝に向けて肌が荒れたり、口内炎とかもいっぱいできてたんですけど、当日が近づくにつれて覚悟はできていました。

大舞台を前に意識されて、いつもはやっていないことをされますか?

駒場 やってないことは逆にやらないようにしています。

内海 決勝までいつも通りの過ごし方をしました。僕は (大舞台の) 3日前くらいに角刈りにするんです。切りたては白くなり過ぎるので、髪を切ってから3日後が一番調子良いので。でも、今回は仕事の都合で4日前になってしまったので、そこだけがいつもと変わった所ですね。美容院のおっちゃんも決勝はテレビということで照明の感じも計算して切ってくれました(笑)

すごい腕の方ですね!

内海 昔、「角刈り技能コンテスト」で日本で3位になったすごい方なので、光の感じとか合わせてくれたみたいです。本当かどうかわからないですけど(笑)

その美容院に内海さん専用の角刈り台を作られるとか?

内海 そうそう! 僕専用の角刈り台を作って、角刈りの人は僕がお金払うシステムにしようかなって。だから高校生のみんなも角刈りにしたい人は角刈り専用シートを作るのでぜひ! SNSとかで「僕も角刈りにして応援してます」とか言うてくれる人もいて。応援していただいてるなという気持ちで頑張ってます。

最後に2020年の抱負を教えてください!

内海 「M-1」に優勝したら急に仕事が舞い込むから、“M-1ドリーム”って言うんですけど、もう1月のスケジュールが結構埋まってまして。既にM-1ドリームを感じてます。日本一の漫才師になれるように、これからもずっと漫才はしていきたいです。悪い時期から戻してくれたのも漫才なので、漫才が調子良かったら他のことも調子いいんですよ。

駒場 僕たちをもっと知ってもらいたいです。そしたら今までおもしろそうやけど、できなかったことができるようになるかもしれないし。僕は聖火ランナーとして、最後に競技場に入場して、聖火台に点火する役をやりたいですね。できるかわからないですけど (笑)

内海 ムリ! ムリ! ムリ! そんなんは絶対すごい人がやんねんって (笑) 。僕はオリンピックの司会をしてみたいです。

駒場 それもスゴいな~。それこそ僕たちが高校生の時にテレビ番組を観ておもしろいと思ってたから、そう思ってもらえる存在になりたいですね。

ミルクボーイさん、今日はありがとうございました!


はやて(高1)、ゆうな(高3)、ひな(高2)
(2020年1月20日発行号掲載)
ミルクボーイ

駒場 孝(こまば たかし)
’86年2月5日生まれ 大阪府出身

内海 崇(うつみ たかし)
’85年12月9日生まれ 兵庫県姫路市出身
’07年7月コンビ結成

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