「社長に会いたい」音楽制作集団スクランブルズ代表・松隈ケンタさんにお仕事の裏側を聞きました!

松隈ケンタ

北海道版・関東版・東海版・関西版・九州版

株式会社スクランブルズ
松隈ケンタ社長

BiSHや豆柴の大群など数多くのアーティストを手がける音楽制作集団・スクランブルズ代表の松隈ケンタ社長。アイドル界に新しい旋風を巻き起こした松隈社長のお仕事の裏側に迫ります!


どんな会社か教えてください!

松隈ケンタが作りたい音楽を
実現するための最強チーム

音楽業界では珍しい、作曲家とプレイヤーが集まった制作チームの会社です。音楽をやっている人は“個人事業主”といって、フリーの方が多いんです。会社員じゃなくてね。僕もギタリストで作曲家として個人で活動していたんだけど、音楽はドラムだったりベースだったりストリングスだったり、いろんな音を入れて完成させていくんだよね。そこで僕が作りたい音楽を実現するために音楽仲間を集めていったら、会社にした方がいいじゃん! という発想になって、会社を設立しました。


音楽プロデューサーってどんなお仕事ですか?

映画で言うと「監督」の仕事
作曲家は、いわゆる「原作者」

音楽プロデューサーと聞くと、曲を作るというイメージがあると思うんだけど、作曲とプロデュースは、実はまったく別の仕事です。映画に例えると作曲家・作詞家は、原作者、それを“音(CD)”に仕上げる監督が音楽プロデューサー。原作者は映画は撮らないよね。いきなり小説家の方が撮影現場に来て、「君、そこに立って、照明はこっちから当てて!」みたいなことは言わない(笑)。それと同じかな。でも中には監督が自分で原作を書く人もいるでしょ? 僕はそういうタイプで、自分で曲も作るし、監督(プロデュース)もしています。


高校時代はどんな学生でしたか?

高校時代からバンドに熱中
文化祭や音楽祭は「俺の出番!」

僕は福岡の久留米高専(久留米工業専門学校)という5年制の高校に通っていました。だから高校の中に大学2年くらいの人までいる感じ。売店とか行っても、どれが先生でどれが生徒かわからないの! みんなおっさんに見えるから(笑)。そういうちょっと特殊な高校だったので、みんな自立していて、制服も髪型も自由だったんです。だから誰かをいじめる、みたいな空気もなかったな。僕はその頃からプロを目指してバンドに打ち込んでいたので、授業中も筆箱でギターの指練習をしたり、文化祭や音楽祭には「俺の出番だ!」とばかりに出演していましたね。


プロの音楽家を目指したのはいつからですか?

高校1年でプロの道を決意
きっかけは同級生の存在

高校に入学した初日(笑)。高校1年からギターを始めたんだけど、当然周りには中学から始めている子たちもいるんだよね。でも負けたくないから昔から弾いてますって顔して学校行きたいじゃない。だから春休みにめっちゃ練習して、高校1年の初日にギターを背負って行ったら、同じクラスに「ミツマス君」って子がいて、めちゃくちゃギター上手いのよ。僕は「マツクマ」だから席が近くて。そのミツマス君が「俺はプロになる気でギター弾いてるからね。プロになれなくても一生音楽で生きていくから」と言った言葉がカッコよくて。それに影響を受けて、自分も音楽で生きて行きたいと思ったの。そのミツマス君は今、大分県でサラリーマンやって、趣味で夜な夜なイカ釣りに勤しんでるけどね(笑)

松隈ケンタ


高校時代はどんな音楽を聴いていましたか?

サブスクのない時代。洋楽は
輸入盤CDを“ジャケ買い”していた

当時は洋楽を聴いていないとダサいみたいな風潮があったので、古い洋楽ロックから現代のものまで片っ端から聴いていました。今のようにサブスクで聴けないから、CDを3000円で買わないといけなかったんです。でも輸入盤のCDは全部英語で書いてあるから、どんな音楽かもわからなくて。ジャケットのイメージだけで“ジャケ買い”して聴いてみると、ロックバンドかと思ったらEDMみたいな音楽だったり、ということも結構ありました(笑)。でもそれで新しい音楽に出会うこともあったし、僕らも3000円払ってるから、3000円分は楽しみたいからね。クラスの友だちみんなで交換し合ってましたね。バンドのはじめは、ZIGGYやX JAPAN、GLAY、JUDY AND MARYなどのコピーをしたりもしていましたよ。


プロデュースする時にアーティストの個性はどう磨くの?

一度型にはめてみる
そこではみ出す部分が“個性”

僕はレコーディングする際の「ボーカルディレクション」をすることが多いんだけど、一度“型にはめる”ようにしています。“個性”って、一見自由に歌った方が出るように思うけど、そうじゃないんです。例えばみんな同じ学校の子は同じ制服を着ているでしょ? だからこそ髪型や顔の違いが浮き出てくる。例えば「人を殴りたい! という気持ちで歌ってください」って言うと、「それで怒ってるの?」という可愛い声が出てくる人もいれば、人を殺しそうな声が出てくる人もいて、そのはみ出た部分が個性だと思うんだよね。それを拾ってあげるイメージです。

松隈ケンタ

売れるようになる原石って最初からわかりますか?

最初から売れるとわかる人はいない
柔軟性と人間性が未来を変える

まったくわかりません!(笑) 例えばBiSHのアイナ・ジ・エンドなんて、最初はオーディションで落とそうとしていたからね。スナックにいるベテランのママみたいな声だし、って。アイナはスタイルも良いし、もともと歌も上手かったから、僕が「変な歌い方してみて」とか言ったら反発しそうじゃない? でもアイナは素直に、プロデューサー陣が言うことを全部貪欲に取り入れたんだよね。普通ならR&Bや感情的な歌が彼女の声には合うんだけど、真逆のラップやメタルソングを歌ってもらったり。そうすることでたくさんのケミストリーが生まれて、注目が集まり始めました。だから仲間を信じて取り組む、柔軟性がある子が伸びるのかな、という感じはありますね。


松隈さんからお仕事に関するマイナスな発言をほとんど聞いたことがありません。努力や苦労についてどう考えておられますか?

努力って嫌い!だって僕は
登りたくて登っているだけ。

「苦労」はめちゃくちゃあるけど、「努力」はないかな。努力は嫌いなんだよね(笑)。努力って、僕はゴールが見えていない人が使う言葉な気がするんです。行き先がわかっていない人。行き先がわかっていれば、ただ早くそこに行きたいだけだから、「頑張る」。だからキツくないのよ。だって屋根の上に行きたいと思ってハシゴを登ることって、努力って言わないじゃない? そういう感じかな。みんな、「頑張っても報われない」って思うから鬱になってしまうんだよね。もちろん上手くいかないことはあるんだけど、僕はそこを悔やまないかな。



まお

ハシゴの例え、めちゃくちゃわかります!

うん。僕の中で「努力している人」っていうのは、ハシゴの登り方がわからなくて、下で腕立て伏せしているイメージ。だったら登ろうぜ! って思っちゃう。正直僕も失敗だらけ。BiSHや豆柴の大群の他にも多数のグループをプロデュースしていて、今は「天才」とか言ってくださる方もいるけど、正直16年前、自分のバンドでデビューした時は、1000枚も売れなくて首を切られてるから。本当に天才だったらその時に売れているはずだよね。でも、例えば野球選手の打率って、3割当たったら1億円打者なんです。そう考えると、10本のうち7回は空振りしているってこと。音楽の場合はもっと確率が低いと思うから、10曲出して1曲がメジャーで評価されたらいいのかなと思っています。


new single『サンライズ/Don’t be afraid』 Buzz72+ ※デジタル配信中

3月26日、パ・リーグ公式開幕戦に合わせてリリースした、福岡ソフトバンクホークス公式中継テーマソングです。ソフトバンクは5年連続日本一を目指していて、今めちゃくちゃ強いんです! だから選手やファンの皆さんが熱い気持ちになれるような曲にしました。Buzz72+(バズセブンツー)は13年ぶりにメンバーが集まって昨年再結成したんですが、もうみんなおじさんだから、アマチュアバンドとして結成した頃の気持ちで好き勝手にやっています。



    ▼松隈社長が心掛けている3つのこと

  1. 自分の好きなものを作る

    自分が感動できないものは、人が感動できるわけないと思うから、誰が作る曲であっても、自分たちのチームが作る曲は必ず感動できるレベルまで引き上げて、納得できるものをリスナーに提供したいと思っています。当然自分は売れると思って作っているけど、結果として何枚売れたかどうかは正直そんなに気にしてません。

  2. 徹底的にこだわる

    僕らは良いものを作るために、締切まで時間の許す限り、徹底的にこだわります。今は「働き方改革」と言われていて、それはとても大切なことなんだけど、僕たち音楽を作る人間や職人たちの仕事は、時間じゃないんですよね。もちろんスタッフさんたちには規定通りの時間で帰ってもらうんだけど、僕たちは自分が納得する内容が出来上がるまでが仕事だから。

  3. 仲間を大切にする

    僕が好きな武田信玄は、仲間を信じて大切にしていたから、周りにすごい武将がたくさん集まりました。誰もが築城して守りを固める中、「人は城、人は石垣、人は堀」と言って、普通の「館(やかた)」に住んでいたんです。うちは人が守ってくれるから! うちの家臣はヤベェから! って。僕も武田軍団のように一緒に音楽をやる人たちとは強い信頼関係で仕事をするようにしています。


松隈社長の朝ごはん & モーニングルーティン

松隈ケンタ

松隈社長

朝食は週に1回くらいしか食べないんです。朝は起きてすぐシャワーを浴びて作業に入った方がリズムが良くて。朝ごはんを食べちゃうと、コーヒーも飲もうかな、お菓子もつまもうかなって時間を潰してしまうので、お昼ごはんまでは何も食べないことが多いですね。最近は「16時間断食」も取り入れています。でも食べる時は、納豆が大好きで、ネギは必須! ネギは小分けにして冷凍しています(笑)。僕はミュージシャンにしては朝が早く、11時には会社に来て作業を始めて、夜は晩ごはんに間に合うように帰るようにしています。



高校生へメッセージ

僕が高校生だったのは20年ほど前。2、3年前は、流行が1周回って、僕らの頃とファッションも音楽性も似ていたんです。でも君たちの世代は本当に新しい時代に突入しています。コロナもあって時代は確実に次のステップにいこうとしている。誰も予測できない、時代が動く世代だと思います。だから君たちが新しい時代を作っていってください。ワクワクするよね。僕も楽しみです!


松隈ケンタKenta Matsukuma

‘79年、福岡県出身。音楽プロデューサー/音楽制作集団「スクランブルズ」代表。’05年、自らのロックバンド、Buzz72+(バズセブンツー)でメジャーデビュー。バンド活動休止後、作詞・作曲家としてアーティストへの楽曲提供を始め、’11年、スクランブルズを発足。’14年、株式会社スクランブルズ設立。BiSやBiSH、豆柴の大群など数多くのアーティストを手がける傍ら、新人育成にも力を入れている。アイドルがロックを歌うムーブメントに大きな影響を与えた人物。

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