【よしもとTALK】間寛平|4人の座長には負けない!間寛平さんが魅せるコテコテの「吉本新喜劇 間寛平座長週」

今月は間寛平さんがch初登場! 『24時間テレビ』チャリティーマラソンの初代ランナーや、「アースマラソン」での地球一周など数々の偉業を達成してきた寛平さん。御年76歳、芸歴56年を迎える今年も、「吉本新喜劇 間寛平座長週」や「間寛平Presents 濱田祐太郎が今年も見せる!? 盲目の新喜劇」など、一大イベントが目白押し。ゼネラルマネージャーとして新喜劇に懸ける寛平さんの熱い思いを話してくださいました!

昔のコテコテの新喜劇を
若い世代にも伝えたい

昨年5月に開催された濱田祐太郎さん初主演「盲目のお蕎麦剣士が巻き起こす新喜劇」は、マラソン大会で濱田さんに出会った寛平さんが奔走されて実現したそうですが、振り返っていかがでしたか?

寛平 もうびっくりですよ。本当に見えてるんじゃないかな、というぐらいちゃんと動いてたから。食事に連れて行くと、 「お前、見えてるやろ?」「いや、見えてません」って言いながら寿司もきちんと食べてる。ほんまに見えへんのに、舞台ギリギリのとこで殺陣やったりするんです。そしてすごく頭がいい。見えてない分、何に対しても敏感で頭が働くと思うねんけど、他の役者の台詞まで全部覚えてるんだから、すごい努力家です。

今年の「盲目の新喜劇」はどんな内容になりますか?

寛平 今回はタップを踏んでもらいます。足でカンカンカンとやりながらパッと踊ったりする、あれをやってもらうので、みんなびっくりすると思います。3月に「お蕎麦剣士」で大阪文化祭奨励賞をもらいましたね。吉本の歴史は100年以上経つけど、たぶん初めてちゃう? 今後の仕事に繋げるためにも、こうした賞を取らせてあげたくて。今年は昨年よりお客さんが来てくれると思います。

ゴールデンウィークには寛平さんが座長を務める新喜劇も楽しみです。

寛平 新喜劇には今4人座長がいてんねんけど、自分の中ではやっぱりこの4人に絶対負けへんと思ってます。お客さんに喜んでもらうことが一番。笑いを取ってお金をもらうっていうより、お金を出してでもいいからお客さんに喜んでもらいたい、そういう気持ちでやってます。

吉本新喜劇のゼネラルマネージャー(以下、GM)に就任されて4年が経ちますが、就任当初の生活はいかがでしたか?

寛平 それはもうすっごい辛い日が続いていました。24歳で座長になって17年ほどやりましたけど、新喜劇をやめて東京に勝負しに行ったので、33年ぶりに新喜劇に戻って来たわけです。

33年ぶりですか…!

寛平 僕にはひとつ夢があって、高校野球の監督をやりたかったんです。吉本入ってちょうど50年で、高校の校長や会長のOKも出ていたので、吉本の社長にも「辞めたい」と伝えていたんです。そしたらコロナ禍になったので、翌年に50周年プラス1付けて、全国で新喜劇を回って辞めようと思ったわけです。その一発目を東京のよみうりホールでやったところ、観に来ていた社長から「これや! 今の新喜劇じゃなしに昔のこれやないとあかんねん。悪いんやけどGMになって、このコテコテの新喜劇を若い子に教えてやってほしい」と言われて…。

夢を取るか、新喜劇を取るかですね。

寛平 嫁に話したら、「あんた、50何年お世話になった吉本興業に恩返しとして、一回やったらどうや?」と言われて。“それなら、この3年の間に、新喜劇で明石家さんまみたいなスターを作ろう”と思って戻りました。でも33年も離れていたから、みんな僕のこと知らんわけ。109人の座員から「何ができんねん」っていう顔をされるんです。そこからの戦いがもうすごかった。僕はいつも走ってるんやけど、「どうしたらええんかな、くそ!」とか言いながら、常に泣きながら走ってました。

どうやって乗り越えられたんですか?

寛平 年に一回、4月にやる新喜劇だけ僕に座長をやらせてもらうようにお願いして。徐々にみんなが付いて来てくれるようになりました。

監督の夢はどうされますか?

寛平 もう高校野球の監督は無理やけど、高校生にノックしたりとか、そういうことはやっていきたいですね。でも、まずは新喜劇をなんとかせなあかんから。関西だけじゃなしに全国に知ってもらって、新喜劇をメジャーにしてからやと思ってます。

苦しい先には明るい未来がある
だから絶対に逃げたらあかん

寛平さんが生きる上で“これだけは譲れない”というルールはありますか?

寛平 僕はずっと、「人をこけにしたり、陰で人のこと言うたりするのは絶対あかん」と言うてます。若い時から僕はさんまちゃんと仲良くてずっと一緒にいたけど、お互い人のことは言うたことないです。だから新喜劇で人を蹴落としてまで上がろうとするやつらには、「自分の力で頑張りなさい」と厳しく言います。その代わりチャンスはどんどん与えますよ。

芸人さんとして活躍しながらも24時間マラソンとか世界一周とか、すごいことを次々と成し遂げられているのが本当にすごいなと思います。

寛平 僕は『24時間テレビ』のチャリティーマラソンの初代ランナーなんですが、僕のギャグのひとつの『引きずり女』がちょっと人気出た頃、『24時間テレビ』から「引きずり女で10分出てくれへんか?」と言われた僕のマネージャーが、「10分と言わず24時間走らせましょうか。寛平なら走りますよ」、「寛平さん、24時間走ってもらいますよ」って言うから、「わかった」って(笑)

2008年にはマラソンとヨットで地球一周する「アースマラソン」を企画されて、2年かけて達成されました。

寛平 これは千葉の木更津でゴルフして車で帰ってる時に、「あ、地球一周や!」とひらめいて。すぐにマネージャーに「地球一周やりたいねんけど、ちょっと考えてくれへんか」と言いました。僕は思ったらすぐ言ってまうから。

来る日も来る日も長い距離を走りながら何を考えていたんですか?

寛平 ゴールした時どうなるかを想像しながら走ってました。ある日飛行機でたまたまジュディ・オングさんと隣席になって、その時に「寛平ちゃん、ゴールした時の夢をずっと思い描きながら走った方がいいよ」と言ってくれたんです。

それで地球一周に成功されたんですか!

寛平 4万2千キロありました。ほんまにやろうと思ったら1年半でいけるんですが、途中でガンになって手術したりでいろいろあったから。

命がけの危険な場面もあったりしませんでしたか?

寛平 冬の太平洋はほんまに危険で、世界的なヨットマンの白石康次郎が「絶対死ぬからやめとけ」って止めに来たくらい。元日に千葉を出航したんやけど、1時間か2時間沖へ行ったところで、10メートルくらいの波がドボーン、ドボーンと迫ってきて、ヨットの先が真っ逆さまに波の中に入るんですよ。何もわからんと行ったからいけたんやと思いますけど、運が良かったですね。

私たち高校生世代に伝えたいことがあればお願いします。

寛平 僕、いつも思うんやけど、人生100年やんか。高校生はあと84年とか生きなあかん。その間にいろんなことが起きます。苦しいなと思うこともいっぱいあるやろうけど、その先には必ず明るい未来があるから、絶対逃げたらあかん。人間、苦しいことが起きるのは、そうなってるんやと思います。僕は「素直」という言葉がものすごく好きなんです。毎朝、家から出る時、ドアが開いたら、「今日も一日素直に頑張ります。素直に生きてきます」と言って出るんです。くよくよせずに、素直に頑張ってください。神様も見てくれてますから。

間 寛平

1949年7月20日生まれ
高知県宿毛市
入社・入門1970年

<間寛平Presents 濱田祐太郎が今年も見せる!? 盲目の新喜劇>
5/29(金) 大阪・なんばグランド花月
<吉本新喜劇・本公演 間寛平座長週>
4/29(水・祝)~5/4(月・祝) 大阪・なんばグランド花月